本気じゃない自分が恥ずかしい。。
これは、テストの勉強でも、何かの競技が終わった後の感想ではありません。
これは初めてニュージーランドでハロウィンを体験した私の感想です。
目次
私の体験した2つのハロウィン

日本でのハロウィンの印象は最近こそ一部の若者が街で騒いでいますが、
私がニュージーランドにいた頃は、日本では今よりも盛んではありませんでした。
ですから、ハロウィンパーティーに誘われても
「あの、仮装するやつね」
くらいの印象しかありませんでした。
当日も少しメイクで血糊をつけるくらいで、服装も軽い感じでパーティに参加しました。
置いていかれている日本人
そこから私たちが後悔するのに時間はかかりませんでした。
日本人たちは皆同じように普通に楽しもうと早めにパーティに参加していましたが、
なかなか他の国の人々が来ません。
遅れて入ってきた外国人の人たちは、いつもの友人ではなく、
手錠のかけられた囚人が入ってきたと思えば、、
普段も魔女みたいなのに、本当に魔女になってしまったドイツ人。

頭に斧が突き刺さったまま血だらけの店のオーナーさん。など
想像を超えた現実世界ではなかなかお目にかかれない人たちがそこにはいました。
それどこで準備したん?
それどうしたの?どこで買ったの?と聞いても、
なりきっている彼らは普通に答えてくれません。
彼らは終始、囚人ですし、魔女ですし、ずっと斧が突き刺さっています。
やっと答えてくれた時は
現地で(ニュージーランド)で買ったという人が多かったですが、
何人かは自国から持ってきたという人もいました。(どれだけこのイベントにかけてるのかが分かります)
しかしながら、このハロウィンの一件から理解したことがありました。
常に囚人、魔女になりきること。
彼らは常に「本気」だという事です。楽しむことに本気です。
何事にも手を抜かないし、心から笑い、本気で怒り、ぶつかる事ができる。
いつも相手の反応を見て構えている私とは違いました。
2年目 小さな村でのハロウィン
さて、時は過ぎて
私は2度目の10/31をニュージーランドで迎えていました。
場所は、そう海沿いの小さな村です。
私はここでたくさんの事を学び、知る事ができました。
ハロウィンもその一つです。
ハロウィンとは、仮装パーティーのような印象を受けますが、
本来は、古代ケルト人の秋の収穫のお祝いをする日の前日がハロウィンです。前日に先祖の霊がこの世に戻ってくるのですが一緒に悪霊も戻ってきてしまいます。悪霊が悪さをしないように仮装などをして追い払うのがハロウィンの始まりと言われています。

私がその村で見かけたのは、パジャマ姿の子供たち列を作ってお菓子をもらう姿でした。
あまりの突然の光景今日がハロウィンという事を思い出。
なんて素敵な場面に出会したのだろうと感激しました。
子供たちがなぜ真っ昼間にパジャマで
何人もいるのだろう?
と思わなければ見過ごしていたと思います。
その晩私は、オーナーから譲り受けた斧を頭に乗せ
血糊を大量に顔につけたのでした。
このようにハロウィンを通じてではありますが
様々な事を知れるきっかけになったイベントでした。

